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Shokabo-News No.293 2013/10/31
裳華房メールマガジン 2013年10月号
https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 今回のご案内 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◇ 新刊
『無機化学』『遺伝子操作の基本原理』
◇ 近刊
『大学生のための 力学入門』『工学の基礎 電気磁気学』
『基礎からの 量子力学』『化学はこんなに 役に立つ』
『理工系のための 化学入門』『しくみからわかる 生命工学』
◇ 松浦晋也の“読書ノート”(10)
2人の先輩を送る
◇ 裳華房 編集子の“私の本棚”(7)
数学者 広中先生からのメッセージ
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Shokabo-News 会員の皆様 こんにちは m(_ _)m
日に日に寒さが増してくる今日この頃,いかがお過ごしでしょうか.
Shokabo-News 2013年10月号をお届けいたします.
今回のShokabo-Newsでは,10月刊行の新刊2点と11月刊行の近刊6
点をご紹
介します.12月刊行予定の近刊の書誌情報もあわせて掲載しました.
好評連載「松浦晋也の“読書ノート”」では,この夏に逝去された金子隆一
氏と富田倫生氏の代表的な著作を取り上げていただきました.「裳華房編集子
の“私の本棚”」では『生きること 学ぶこと』(集英社)を取り上げます.
なお今号は,新刊・近刊点数が多いこと等もあり,「裳華房の“古書”探訪」
は休載とさせていただきます.悪しからずご了承ください.
ご意見・ご感想を m-list@shokabo.co.jp までお寄せいただければ幸いです.
(Twitterをお使いの方はアカウント @shokabo まで)
※今号から,小社の刊行書籍については,価格表示を定価(税込)ではなく,
本体価格にいたしました.
★ お知らせ ★
1.「大学・短大・高専用教科書のご案内」
https://www.shokabo.co.jp/text.html
2.第21回出版社共同企画「謝恩価格本フェア」が開催中です.
(〜12/16,インターネットでの取り扱いのみ).
http://www.bargainbook.jp/mlsbin/wb_sha?shac=3067
3.毎年恒例「神保町ブックフェスティバル 本の得々市ワゴンセール」に今年
も出店します.是非お立ち寄りください(雨天中止).
開催期日:2013年11月2日(土) 〜 4日(月)
実施場所:すずらん通り商店街出店コーナー (東京都千代田区神田神保町)
http://jimbou.info/news/book_fes.html
4.11月25日より,立命館大学生協びわこ・くさつキャンパス リンクショップ
にて裳華房フェアが開催されます(〜2014年2月中旬).
5.先日亡くなられた金子隆一先生がご執筆・小社刊行予定だった『中生代のシ
ーモンスター−魚竜・クビナガ竜・モササウルス−』は未完に終わりました
が,ご遺族と早川書房のご厚意で,その第1章(第1稿)が雑誌『SFマガ
ジン』最新号(2013年12月号)の「金子隆一追悼」特集に掲載されています.
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/721312.html
6.裳華房 編集部Twitterを始めました.
https://twitter.com/shokabo_editors
★★★★★★★★★★★★★★ 新 刊 案 内 ★★★★★★★★★★★★★★★
◆ 『無機化学 −基礎から学ぶ元素の世界−』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3093-4.htm
長尾宏隆・大山 大 共著/B5判/208頁/2色刷/本体2800円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-3093-4
基本概念に基づいて,無機化合物の構造および反応から,元素各論までを簡
潔に解説した入門教科書. 全部で190問に及ぶよく吟味された各章末問題には
丁寧な解答が付いており,初めて無機化学を学ぶ大学生(1,2年生)の自習書
としてもたいへん役立つ.各章のコラムや側注の解説・こぼれ話も理解を助け
るであろう.
【主要目次】1.無機化学を学ぶために 2.原子の構造 3.電子配置と元素
の周期性 4.化学結合の基礎概念 5.分子の形と結合理論 6.無機化学反
応 7.分子の対称性と結晶構造 8.水素および酸素 9.s-ブロック元素
−1,2族元素− 10.p-ブロック元素(1)−13,14族元素− 11.p-ブロック
元素(2)−15〜18族元素− 12.d-およびf-ブロック元素 −遷移元素−
13.金属錯体化学 14.生物無機化学
◆ 『新・生命科学シリーズ 遺伝子操作の基本原理』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5856-3.htm
赤坂甲治・大山義彦 共著/A5判/244頁/2色刷/本体2600円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-5856-3
遺伝子操作の黎明期から現在に至るまで,日進月歩の遺伝子操作技術の進歩
とともに,自ら技術を開拓し,研究を発展させてきた著者たちの実体験をもと
に,遺伝子操作技術の基本原理をその初歩から解説.遺伝子操作の基本的技術
の原理を化学の視点で学ぶことを通じて,最新の生命科学の論理を理解できる
ように努めた.
【主要目次】第I部 cDNAクローニングの原理 1.mRNAの分離と精製 2.cDNA
の合成 3.cDNAライブラリーの作製 4.バクテリオファージのクローン化
第II部 基本的な実験操作の原理 5.プラスミドベクターへのサブクローニン
グ 6.電気泳動 7.PCR 8.ハイブリダイゼーション 9.制限酵素と宿主
大腸菌 第III部 応用的な実験操作の原理 10.PCRの応用 11.cDNAを用
いたタンパク質合成 12.ゲノムの解析 13.遺伝子発現の解析
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【裳華房 新刊一覧】 https://www.shokabo.co.jp/book_news.html
【ご購入のご案内】 https://www.shokabo.co.jp/order.html
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★★★★★★★★★★ 近 刊 案 内 (11月刊行予定)★★★★★★★★★★★
◆ 『大学生のための 力学入門』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2243-4.htm
小宮山 進・竹川 敦 共著/A5判/220頁/2色刷/本体2200円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-2243-4
大学初年級の理工系学生に対する約30年間にわたるニュートン力学の講義を基
に,高校生の物理教育に携わっている共著者とともに執筆.法則の導出方法を順
を追ってわかりやすく解説し,また学生が誤解しやすい箇所は直観的な考察と正
しい導出方法を比較して解説したり,理解度を確認するための豊富な章末問題と
詳細な解答を用意するなど,一人でも学習が進められるように工夫を施した.
◆ 『工学の基礎 電気磁気学』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2244-1.htm
松本 聡 著/A5判/372頁/本体3600円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-2244-1
工学部電気・電子系学科の学生向けに,なるべく多くの実用例を紹介しながら
電気磁気学の基礎を学べるよう心掛けた入門書.第1章で基礎的な事項を体系的
に解説した後,各論に入る構成とした.また,工学系を意識して「電界」「磁界」
と表現したり,数値電磁界解析を扱う上で必要となるベクトルポテンシャルを,
従来の教科書よりも詳しく解説した.
◆ 『基礎からの 量子力学』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2242-7.htm
上村 洸・山本貴博 共著/A5判/388頁/本体3800円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-2242-7
物性物理学の分野で世界的に著名な上村洸先生と気鋭の山本貴博先生の共著に
よる教科書.量子力学リテラシーの時代を踏まえた学習に重点を置き,近年非常
に重要となってきた“物質の量子力学”までを一貫して解説.初めて量子力学を
学ぼうとする学生だけではなく,物性系や材料系,物質工学系の学生にとっても
最適の入門書となろう.
◆ 『化学はこんなに役に立つ −やさしい化学入門−』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3096-5.htm
山崎 昶 著/B5判/160頁/2色刷/本体2200円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-3096-5
高校で学んだ化学が,大学でちっとも役立たないと感じておられる方.推薦
入学などで,特に化学の受験勉強を手抜きしてしまったままで大学に入学した方.
生物学,看護学,保健学,医療科学,環境分野など,受験化学の枠を越えた幅広
い分野での活躍が望まれる方.化学の本当の基礎を身につけて,マスコミやネッ
トなどで飛び交っている日常のさまざまな問題を正しく判断したい方.そんな方
々に捧げる,実践的化学入門書.
◆ 『理工系のための 化学入門』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3095-8.htm
井上正之 著/B5判/174頁/2色刷/本体2300円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-3095-8
高校で十分に化学を学習しなかった理工系学生のために,工夫された多数の図
表を示しながら,ごく基礎的な事項から理工系に必要な化学の基礎までをきわめ
てやさしく解説する化学入門書.演習問題には非常に丁寧な解答がついており自
習に役立つ.
◆ 『しくみからわかる 生命工学』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5227-1.htm
田村隆明 著/B5判/224頁/2色刷/本体3100円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-5227-1
医学・薬学や農学,化学,そして工学に及ぶ幅広い領域をカバーした生命工学
の入門書. 厳選した101個のキーワードを効率よく,無理なく理解できるように
各項目を見開き2頁に収め,豊富な図で生命工学の基礎から最新技術までを詳し
く解説する.
★★★ 12月以降刊行予定の書籍 ★★★
◇ 『コ・メディカル化学 −医療・看護系のための基礎化学−』
齋藤勝裕・荒井貞夫・久保勘二 共著/B5判/164頁/2色刷
本体2400円+税/裳華房/ISBN978-4-7853-3097-2
◇ 『新・元素と周期律』
井口洋夫・井口 眞 共著/A5判/310頁/本体3400円+税/
裳華房/ISBN978-4-7853-3094-1
◇『環境分析化学』(中村栄子・酒井忠雄・本水昌二・手嶋紀雄 共著)
◇『ベーシック生物学』(武村政春 著)
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【裳華房 分野別書籍一覧】 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/0000.html
【正誤表などサポート情報】 https://www.shokabo.co.jp/support/
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★★★★★ 【連載コラム】松浦晋也の“読書ノート” (第10回) ★★★★★
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ノンフィクション・ライター/サイエンスライターの松浦晋也さんと鹿野司
さんに,お薦め書籍や思い出の1冊,新刊レビュー等をご執筆いただきます.
今月号のご担当は松浦晋也さんです.
・バックナンバーはこちら→ https://www.shokabo.co.jp/column/
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◇ 2人の先輩を送る ◇
◆ 金子隆一 著『新世紀未来科学』(八幡書店、2001年)ほか
◆ 富田倫生 著『パソコン創世記』(旺文社、1985年;青空文庫)ほか
この8月、2人の尊敬する先輩が相次いでこの世を去った。2013年8月16日、
ノンフィクション作家の富田倫生(とみたみちお)さんが逝去。享年61歳。そ
して、8月30日、サイエンス・ライターの金子隆一(かねこりゅういち)さん
が死去。享年57歳。ともに天寿と言うには短い人生を駆け抜けて去って行って
しまった。
今回は、個人的感慨と共にお二人の著書を紹介したい。まずは金子隆一さん
から。
金子さんに最初に会ったのは、確か1985年の初夏だ。
その経緯を語るには、まず光世紀(こうせいき)とハードSF研究所の話を
しなければならない。1984年、SF作家の石原藤夫さんが、私家版で「光世紀
の世界」という大部な星表を出版した。「太陽系近傍の宇宙を題材にしたSF
を書きたい」と考えた石原さんは、大変な手間をかけて既存の星表を精査し、
太陽系を中心とした直径100光年の空間を「光世紀」と名付け、 そこに存在す
る恒星のリストを作成したのである。
当時工学部の大学生で、「SFマガジン」誌(早川書房)の読者だった私は、
「光世紀の世界」の出版を同誌で知ってさっそく通販で購入した。なお、私家
版「光世紀の世界」には、光世紀世界を詳細に解説した冊子が附属しており、
こちらは後に、裳華房ポピュラー・サイエンスから『《光世紀世界》への招待
−近距離の恒星をさぐる−』(1994)、『《光世紀世界》の歩き方−近距離恒
星の3Dガイドマップ−』(2002)として復刊している。
手元に届いた「光世紀の世界」には「ハードSF研究所入会のお誘い」が入
っていた。当時神奈川県鎌倉市在住だった石原さんは、ハードSF研究所とい
うSFファングループを主宰しており、鎌倉の隣の藤沢市で3ヶ月に1回例会
を開催していた(ハードSF研究所は、例会はなくなったが今も存続し、会誌
を発行している)。興味を持った私は、早速ハードSF研に入会し、例会に出
席するようになった。ハードSFというのは「科学的な事実が、物語の根幹に
関わってくるようなSFのサブジャンル」といえばいいだろうか。作家で言え
ば、アーサー・C・クラークやハル・クレメント、ロバート・L・フォワード。
最近ならグレッグ・イーガンの諸作品が相当する。日本人作家なら、石原さん
を筆頭に、堀 晃、さらに下の世代では野尻抱介、林 譲治、小林泰三の通称
“NHKトリオ”の作品が該当するだろう。石原さんは、日本SF草創期から
のハードSF作家だった。
あの頃のハードSF研例会は、文字通りの知的パラダイスだった。石原さん
の本業が電電公社(当時)の通信研究者だったからだろうか、例会は学会形式
で会員各々が自分の研究を発表するというもので、会員は多士済々、発表もと
くにSF関係に限定されることなく知的好奇心を多いに刺激する内容だった。
その中に、金子さんがいた。当時29歳。すでにサイエンス・ライターとして
活動を開始していた。私はすでに「メカニックマガジン」誌(ワールドフォト
プレス、1981年〜1988年)で金子さんの書いた記事を読んでおり、その名前を
知っていた。「この人が金子さんか」と思った記憶がある。
一介の大学生から見て、科学とSFを股にかけて文章を発表していた金子さ
んは、ずいぶんとまぶしかった。が、当人はといえば、いつも身なりを気にし
た形跡のない服装と黒縁の眼鏡でふらりとハードSF研例会に現れ、丹念な調
査の結果を、あのゆっくりとやさしい口調で発表するのだった。冬になると、
ジャンパーやマフラーの代わりにどてらを羽織って例会にやってきた。あれは
1986年か87年の冬だったと思うが、どてら姿で例会後の懇親会で酒を飲みつつ
「これがねえ、締め切り過ぎちゃっているんですが、なかなか書けないんです
よ」と鉛筆で原稿を書いていたのを思い出すことができる。その場で原稿を読
ませてもらったが、バレエにおけるダンサーの身体の運動力学的解析を巡る、
ロボットがバレエを踊る可能性についてのエッセイだった。
とにかく、無茶苦茶に間口の広い人だった。SF、科学全般、宇宙、古生物、
バレエ、ジャズ――どんな話題であっても「それについては、こんな話もあり
まして……」と的確な解説を加えることができた。フットワークも軽く、古生
物の取材となると海外の学会へ、発掘の現場へと飛び回った。世界の辺境を旅
するわけだから、旅のエピソードが面白くないわけがない。「ドンブリ一杯の
キャビア」とか「ゴビ砂漠を我が物顔に闊歩する野良ラクダ」とか、なかなか
普通の旅では聞けない話を聞かせてもらった。
1990年代半ばごろから私は、航空宇宙分野の文章で生計を立てられないかと
考え始めた。そこで――まったくひどい話なのだけれども――ライバルとして
の金子さんが、意識に浮上した。あれほど書ける人がいるのに、自分がやって
いける余地はあるのだろうか。ある出版社のパーティで同席した時、本人に訪
ねてみた。
「金子さんにとって終生のテーマとは何ですか」
「古生物、恐竜ですね」
と即座に金子さんは答えた。「いろいろ手広く書いてますけれど、自分として
は古生物でやっていきたいんですよ」
そうか、と、姑息な私は密かに安堵した。この時のやりとりがなければ、私
は今もサラリーマンをしていたかも知れない。
金子さんの仕事は多岐に渡っている。おそらく人々に一番強い印象を残した
のは、NHK教育(現Eテレ)のアニメ「恐竜惑星」(1993)、「ジーンダイ
バー」(1994)、「救命戦士ナノセイバー」(1997)だろう。これらの作品に
おいて金子さんの公式な立場は設定ないし監修というものだったが、実際には
物語の根幹を作り上げる役割を果たした。結果として3作品は、子供向けなが
ら妥協なくSF的に質の高いアイデアを詰め込んだ作品として評価されること
になった。
著書から選ぶなら、SFと科学という二つのテーマを股に掛けた『新世紀未
来科学』(八幡書店、2001年)を代表作としてもいいだろう。この本で金子さ
んは、軌道エレベーターからナノマシン、反重力に至るまでの、ありとあらゆ
るSFに搭乗する未来技術を現実の技術開発、さらには関連SF作品とからめ
つつ紹介していく。金子さんが、SFと科学の両方に対して抱いていた愛と信
頼が結実した本である。
数多い古生物関連の著作からは、最後の単行本となった『ぞわぞわした生き
ものたち』(ソフトバンククリエイティブ、2012年)を選ぼう。恐竜ではなく、
三葉虫に代表される古代の節足動物について解説した本だ。金子さんの古生物
に対する興味は、恐竜に留まるものではなかった。海棲爬虫類、節足動物、さ
らにはエディアカラ生物群のような先カンブリア紀の現生生物とどう繋がって
いるかも判然としない古生物にまで及んだ。その意味では、金子さんは狭い区
分に興味が集中する“オタク”ではなかった。生物の世界全体を一気にまるづ
かみして理解したいと願う、知の探究者だった。
宇宙分野では、石原藤夫さんとの共著『軌道エレベータ−宇宙へ架ける橋−』
(裳華房、1997年。現在はハヤカワ・ノンフィクション文庫から刊行、2009年)
を抜かすわけにはいかない。軌道エレベーター(宇宙エレベーター)に関する
一般向け解説書としては、世界的に見てもおそらく本書が史上初である。軌道
エレベーターというのは、宇宙空間と地上を結ぶエレベーター設備のこと。そ
の実現可能性は、1959年に旧ソ連のユーリー・アルツターノフが指摘した。現
在、全世界的に技術的な概念検討が続いている。
金子さんは、若い時から軌道エレベーターに強い興味を持っていたようで、
SF監修で関わったアニメ「宇宙空母ブルーノア」(1979年)で、映像作品と
しては日本で初めて(おそらくではあるが、世界初の可能性もある)軌道エレ
ベーターを登場させた。その後、2009年に一般社団法人・宇宙エレベーター協
会[*1]が活動を開始すると、「日本でもこのような動きが出てくるとは」と
大いに喜び、同協会の名誉会員を引き受けて講演活動などを行っていた。
そんな金子さんの人生の核には、“美食”という大テーマが存在していた。
とにかく世界を股に掛けた美味なるものの探究に、尋常ならざるエネルギーを
注ぎ込んでいた。私は、海外旅行でクアラルンプールでトランジットすること
になり、金子さんに「なにかうまいものありますか」と尋ねたところ、「モノ
レールのどこそこの駅を下りて、あれこれの角を曲がり三軒目の屋台のチマキ
です。あれは旨かった!」と言われ、仰天したことがある。「そのチマキに行
き着くまでに、いったいどれだけクアラルンプールの屋台を食べ歩いたんです
か?」である。
結果として、美食が糖尿病という形で命を蝕んでしまったのは、残念という
ほかない。あれほど緻密な頭脳を持ち、きっちり知識を整理していける人が、
なぜか自分の健康にはそれほどの管理能力を発揮することはなかった。
弔問でお会いした弟さんは、「兄は生きたいように生きたのだと思います」
とおっしゃっていた。その通りなのだろう。有限の人生のリソースを、どのよ
うに使うかは各自の自由だ。金子さんは、自分というリソースをめいっぱい使
い切って去って行ったのだと思う。それでも……早すぎますよ、金子さん。ま
だまだやりたいことがいっぱいあったんじゃないですか?
公私ともにつきあいのあった金子さんに比べると、富田倫生さんと私との縁
は大分薄くなる。直接お会いしたのは一回だけだ。
日本の電子出版の始まりをどこにとるかは諸説あるだろうが、私はボイジャ
ーが電子ブックを作成するソフト「エキスパンドブック・ツール・キット」を
発売した1993年7月を起点として良いのではないかと思う (気がつくともう20
年経ってしまったわけだ)。 翌1994年2月、ボイジャーはアップルが開催して
いた展示会“Mac World Expo Tokyo”で、同キットを利用した電子出版の即売
会「エキスパンドブック横丁」を開催した。私は当時パソコン雑誌編集部に在
籍していて、個人的興味から電子ブックの売り手として参加した。その日の打
ち上げの飲み会で、ただ一度だけ富田さんにお会いしたのだった。熱のこもっ
た口調で「これ(エキスパンドブックのような電子出版)で本という形態の情
報流通が、大きく変化しますよ」と語っていたのを覚えている。
当時、富田さんはなによりも、日本パソコン草創期をテーマとしたノンフィ
クション『パソコン創世記』(旺文社、1985)で知られていた。が、お会いし
た印象は冷静なノンフィクション作家というよりも、電子出版の可能性に熱狂
する“預言者”だった。その時は知らなかったが、富田さんは慢性の病でノン
フィクションを執筆する体力を失っていたのだった。しかし、富田さんの電子
出版の将来性への夢と確信は、1997年に至り「日本国内において著作権が消滅
した作品をネットで公開する」青空文庫[*2]の運動をスタートさせることに
なる。
漢字の導入とひらがな/かたかなの発明以来、我々は大量の日本語の情報を
蓄積してきた。それらの情報資産を、うまくネットに移行して、いつでも誰で
も閲覧・使用できるようにする――本来は国が文化政策として行うべきことで
ある。しかし、ネット時代を迎えて、我々の政府は驚くほど反応が鈍かった。
森喜朗首相がITを「イット」と読み、悪評だけが残ったあの「インパク」が
開催されたのは、青空文庫が動き出してから実に4年後の、2000〜2001年のこ
とである。
青空文庫は、本来は国が組織的に行うべきことを民間のボランティアがより
良い形で実現した事例として、将来にわたり記憶されることだろう。様々な困
難があったことは、青空文庫の「そらもよう」[*3]を読んでいくとよく分か
る。テキスト入力や校正の手順、公開のファイルフォーマット、文字コード、
資金繰り――富田さんと青空文庫の関係者は驚くほど粘り強く、あきらめるこ
となく前に進んできた。
青空文庫トップページの一番下にはつつましく、現在の収録作品数が掲載さ
れている。2013年10月21日現在、その数は「収録作品数:12206(著作権なし:
11967、著作権あり:239)」となっている。これが活動開始から17年目の成果
だ。その中には夏目漱石、森 鴎外、太宰 治、宮沢賢治、永井荷風、吉川英治、
萩原朔太郎などの、今なお読まれるに足る生命力を保った作品も含まれている。
これがどれだけ素晴らしいことか、私はどんなに高く評価してもし過ぎるこ
とはない思う。日本語という言語を維持発展させ、日本語によって培われた文
化を未来へつなげていくという意味で、青空文庫は20世紀末のインターネット
に起きた奇跡といっていいだろう。いや、奇跡というのは富田さんに失礼かも
知れない。富田さんが、電子テキストに見た夢を現実のものにしようと行動し
た結果が青空文庫なのだから。
人生の半分近くを病と共に過ごした富田さんの著書はさほど多くない。そし
て、代表作は青空文庫で公開されている。
まず、パソコンという道具が日本に入ってきた熱気に満ちた時代をまとめた
『パソコン創世記』[*4]だ。1985年に旺文社から出版された、富田さんの代
表作だ。
そして、電子書籍への期待と希望を語った『本の未来』[*5](底本は1997
年、アスキー)だ。出版時期からして、これこそが実質的な青空文庫に向けた
富田さんのマニフェスト(声明文)といえるだろう。この『本の未来』は、亡
くなられた翌日に青空文庫で公開された。自分の死が近いことを知って準備し
ていたのだろう。
富田さんは、青空文庫にTPPの荒波が襲いかからんとしているタイミング
で足早にこの世を去って行ってしまった。TPPでは、アメリカの要求によっ
て著作権保護期間を加盟各国一律に権利者の死後70年とする検討が進んでいる。
これが通れば、死後50年を前提に動いてきた青空文庫は大きな打撃を受けるこ
とになる。
私も著作権者のはしくれだが、70年への延長には強く反対する。アメリカの
要求は同国コンテンツ産業の度を過ぎた強欲(はっきり書くなら、彼らの態度
はキリスト教七つの大罪の一つ Greedに相当すると思う)が顕わになった結果
であろう。それは法を楯にした文化への収奪行為である。
すべての著作は完全に独立して存在するものではない。すべて先人の影響の
元に成立し、後進へと影響を及ぼしていく。だから、適切な期間が過ぎた後に
は公へと還るべきであり、死後70年というのは適切というには長すぎる。私は
死後50年でも長すぎ、30年程度が適当ではないかと考えている。
2013年6月29日に開催された thinkTPPIPシンポジウム『日本はTPPをどう
交渉すべきか〜「死後70年」「非親告罪化」は文化を豊かに、経済を強靭にす
るのか?』が、富田さんが公の場で行った最後の意見表明となった。その様子
は YouTubeにアップされている[*6](この動画の27分過ぎから富田さんの発
言となる[*7])。「PD(パブリックドメイン)を核にコンテンツ産業が栄
えうる。70年への延長で、パブリックドメインに暗黒の20年が訪れる」という
指摘を、早急にTPP参加を進める安倍政権は、あるいは霞が関はどう受け止
めるだろうか。あるいは蚊に刺されたほどの痛痒も感じていないだろうか。
しかし、これは日本語文化の死活に関わる大変重大な問題なのだ。政治と行
政が文化をくびり殺すのを座視しているわけにはいかないと考える。
良い仕事をした先達は、後進にとっては鏡だ。
やさしい人らよ、たづねるな
何をおまへはしてきたかと、わたしに…
(立原道造「ふるさとの夜に寄す」)
しかし誰が尋ねなくとも、自分は自分に問わないわけにはいかない。「彼ら
ほどの良い仕事を自分はしたか、これからできるのか」と。
さようなら、富田倫生さん、金子隆一さん。
【本文中で紹介したWebサイト】
*1 宇宙エレベーター協会 http://www.jsea.jp/
*2 青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/
*3 青空文庫「そらもよう」
http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex.html
*4 富田倫生著『パソコン創世記』(青空文庫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000055/card365.html
*5 富田倫生著『本の未来』(青空文庫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000055/card56499.html
*6 YouTube(thinkTPPIPシンポジウム『日本はTPPをどう交渉すべきか』
http://www.youtube.com/watch?v=OsmeGmy0WuU、
*7 http://youtu.be/OsmeGmy0WuU?t=27m
【本文中で紹介した書籍】
◆金子隆一 著『新世紀未来科学』
A5判/340頁/定価2800円(税込)/2001年2月発行/八幡書店
ISBN 978-4-89350-395-4(品切れ中)
http://www.hachiman.com/books/89350-395-2.html
◆金子隆一 著『ぞわぞわした生きものたち −古生代の巨大節足動物−』
新書判/232頁/定価1000円(税込)/2012年3月発行
ソフトバンククリエイティブ/ISBN 978-4-7973-4411-0
http://www.sbcr.jp/products/4797344110.html
◆石原藤夫・金子隆一 共著『軌道エレベータ −宇宙へ架ける橋−』
四六判/168頁/本体1500円+税/1997年7月発行/裳華房
ISBN 978-4-7853-8665-8(品切れ中)
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-8665-8.htm
文庫版/220頁/定価672円(税込)/2009年7月発行/早川書房
ISBN 978-4-15-050354-3
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/90354.html
◆富田倫生 著『パソコン創世記』
文庫版/222頁/定価390円(税込)/1985年発行/旺文社
ISBN 4-01-009897-X
※本書は青空文庫で公開されています.
http://www.aozora.gr.jp/cards/000055/card365.html
◆富田倫生 著『本の未来』
四六版/262頁/定価2427円(税込)/1997年2月発行/アスキー
ISBN 4-7561-1707-4
※本書は青空文庫で公開されています.
http://www.aozora.gr.jp/cards/000055/card56499.html
【松浦晋也さんのプロフィール】
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在,PC Online に「人と
技術と情報の界面を探る」を連載中.主著に『われらの有人宇宙船』『増補
スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『コダワリ人のおもちゃ箱』『の
りもの進化論』などがある.
ブログ「松浦晋也のL/D」 http://smatsu.air-nifty.com/
「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(C) 松浦晋也,2013
次号は鹿野 司さんにご執筆いただきます.どうぞお楽しみに!
※本コラムは本メール配信約1か月後を目安に裳華房Webサイトに掲載します.
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★★★★【連載コラム】裳華房 編集子の“私の本棚”(第7回) ★★★★★
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編集部の有志が月替わりで,思い出の一冊やお薦めの書籍などを語ります.
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◇ 数学者 広中先生からのメッセージ
◆『生きること 学ぶこと』(広中平祐 著,集英社文庫)
編集者のAです。
私が学校帰りにぶらっと立ち寄った駅前の書店で本書と出会ったのは、高校
2年生のときでした(私の年齢がばれてしまいますが)。その当時、数学が大
好きで、大学では数学を専攻したいと考えていた私は(その後、浪人時代に出
会った予備校の物理の先生の影響で物理学科に進学しましたが)、「現役の数
学者が書いた自伝のようだから、ちょっと読んでみよう」と気軽な気持ちで買
ったのですが、読み始めた途端にその内容に魅了され、時が経つのも忘れて一
気に読んでしまったことを覚えています。
ただ、大変失礼な話になりますが、そのときは広中先生のお名前はよく存じ
上げませんでしたし、数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞なるものがあ
ること、広中先生がこの賞を受賞した、世界的な数学者であることも全く知り
ませんでした(広中先生、申し訳ございません)。
本書の一節で、広中先生は次のように書いています。
『五十年を越える私の人生の大半が数学という学問とかかわってきた。
だとすれば、私が語ろうとする人生は、おのずから数学という学問論で
もある。学問論などというと、いささか堅苦しい感じだが、この「特異
点解消」の研究を一つの頂点とする私の学問・人生をふり返って、「も
のを学ぶこと」「ものを創造すること」について、私が知り得たことを
語りたいと思う。』
内容についてあまり詳しく書いてしまうわけにはいきませんが、私は、
・湯川秀樹先生に憧憬を抱いて入学した京都大学でアインシュタインの理論を
学び、物理学者になりたいという気持ちを抱きながらも、その数学的な理論
に魅せられ、数学に傾倒していったこと
・論文を書くべきか書かざるべきか悩み続けた大学院時代
・数学者としての一歩を踏み出した頃の話
・生涯の師となる恩師との出会い
・後に“広中の電話帳”と言われるようになった、極めて大部のフィールズ賞
受賞論文の完成までの話
など、そのどれもが大変興味深いものでした。
本書は、広中先生の数学者としての単なる自伝ではありません。進路に悩む
若い人たち、これから研究者を目指そうという人たち、研究者として一歩を踏
み出した人たち、そして現役の研究者の人たちにも、ぜひ読んでいただきたい
一冊です。
なお、当時私が買った集英社文庫(1984年刊)は品切れとなっているようで、
http://bunko.shueisha.co.jp/recommend/mika_16.html
現在では、装丁を新たに、活字も少し大きくなった“新装版”として刊行され
ています。
◆『生きること 学ぶこと』
広中平祐 著/文庫判/248頁/定価500円(税込み)/2011年5月発行/
集英社(集英社文庫)/ISBN 978-4-08-746702-4
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-746702-4&mode=1
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次号は2013年11月28日の配信予定です.どうぞお楽しみに! \\(^o^)//
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